成長協和キリンのハイブリッドワーキングモデル実現への道のり 未来を拓く新しい働き方
目次
新型コロナウイルス禍を乗り越えた現在、在宅勤務などのテレワークとオフィス勤務を組み合わせる「ハイブリッドワーク」という働き方が珍しくなくなった。2,428社が回答した総務省の調査によると、2022年時点でテレワークを導入している企業の割合は半数を超えている※。
ハイブリッドワークにおいては、従業員が柔軟に働き方を選択できるので、従業員のウェルビーイング(幸福や健康)や生産性の向上に繋がると考えられている。しかし、就業規則を整備するだけでは従業員による実践は進まない。協和キリンでは、ハイブリッドワークをどのように広めていったのだろうか。戦略本部の鈴木里佳、八木澤智正と、社内浸透をサポートしたサイボウズ株式会社の松川隆さんに話を聞いた。
- ※総務省 令和4年通信利用動向調査 P21〜27
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR202200_002.pdf
出演者プロフィール
- ゲスト
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松川隆(まつかわたかし)
サイボウズ チームワーク総研 シニアコンサルタント大学卒業後、大手銀行や広告会社に勤務。2012年にサイボウズに入社し人事部で採用や研修、制度策定、オフィス移転などに携わる。現在はチームワーク総研で研修の講師も担当。2022年に協和キリンのハイブリッドワーキングモデルの社内浸透をサポートした。
- 出席者
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鈴木里佳(すずきりか)
協和キリン株式会社経営企画部・事業戦略オフィス オフィス長1996年キリンビール株式会社(現キリンホールディングス株式会社)に入社し、低分子創薬研究に従事。2009年から協和発酵キリン(現協和キリン)の人事部にて多様性推進プロジェクトの立ち上げ等を推進し、2014年から米国子会社Kyowa Kirin Pharmaceutical Research, Inc.(現Kyowa Kirin, Inc.)の管理部門を統括、2017年経営監査部にて主に内部監査業務に邁進した後、2023年より現職。
八木澤智正(やぎさわともまさ)
協和キリン株式会社経営企画部・事業戦略オフィス マネジャー1997年、協和発酵工業(現協和キリン)にMRとして入社。米国の大学院で戦略論・マネジメントを学んだ後、製品戦略担当、北米市場のプロダクトマネジャーを歴任。2016年にキリン株式会社(現:キリンホールディングス)でヘルスケアプロフェッショナル事業を立ち上げた後、2022年より現職。
理想の「ハイブリッドワーキングモデル」をイノベーションの源泉に
–協和キリンがハイブリッドワーキングモデルを策定した背景と、モデルの特徴を教えてください。
鈴木里佳(以下、鈴木)協和キリン株式会社では、新型コロナウイルス禍に対応するための措置として在宅勤務を積極的に推し進め、在宅勤務が可能な業務に従事する従業員のほとんどがテレワークに移行しました。新型コロナウイルス発生後2年ほど経過した時点でも、多くの従業員が在宅勤務を継続し、本社では出社率が10%前後の状況が続きました。そのような中、これまで新型コロナウイルス感染予防対策としての意味合いが強かった在宅勤務中心である働き方から、私たち従業員一人ひとりが主体となり、組織ごとに最大の価値を創出するための最適な働き方を追求していくことになりました。
八木澤智正(以下、八木澤)当社では、当社グループの全従業員にむけた「協和キリンのハイブリッドワーキングモデル」を策定しました。「ハイブリッドワーキングモデル」が目指しているのは、一人ひとりが業務の特性に合わせて自身の役割を果たすことを前提に、生産性とウェルビーイングの調和を実現することです。そのために、自ら働く場所を選び、主体的に働き方をデザインすることを提唱しており、オフィスは連携や偶発的な対話やイノベーション、“Teamwork/Wa”をもたらす共創の場と位置づけています。
八木澤しかし、ハイブリッドワーキングモデルを策定した時期は、ちょうど多くの従業員が在宅勤務にシフトし、慣れてきた頃でした。
在宅勤務中心の働き方でも、オンライン上のツールを活用したコミュニケーションは可能ですが、特定の相手やテーマに制約され、廊下の雑談のような偶発的な会話から始まる価値創造には、なかなか至りません。経営陣は、「オンライン環境だけではイノベーションが生み出せないのではないか」と危機感を持っていました。
鈴木2030年ビジョンで掲げた「病気と向き合う人々の笑顔のために、Life-Changingな価値を生み出す」という目標の実現には、イノベーションがきわめて重要です。そのため、オフィス内での非公式の対話や、異なる立場の従業員が直接知り合うことで始まる横連携をいっそう重要視しなければならないと考えるようになりました。
課題解決の伴走者、サイボウズ松川さん
八木澤そこで、ハイブリッドワークを実践している代表的企業であるサイボウズさんに協力を仰ぎました。サイボウズさんは新型コロナウイルス禍以前からハイブリッドワークを提唱し、自社内で徹底して実践されています。個々の働き方には自由度を認めつつも、その行動に対する責任があるという考え方にも共感しました。
鈴木サイボウズさんの先進的なハイブリッドワークの取り組み、それを支える組織風土や仕組みについて聴くことで、私たち従業員一人ひとりの働き方のヒントになれば良いな、と考えていました。
松川隆(以下、松川)サイボウズは「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念のもと、一人ひとりが自立して仕事を進めることを大切にしています。それを実践していれば働く場所は自由ですし、副業も可能です。ただ、情報の不足はお互いの不信感を引き起こす可能性があるため、基本的に情報はすべて公開するようにしています。
他の会社のハイブリッドワークを支援する際もこの考え方を伝えていますが、気をつけていることがあります。それは、サイボウズ流を押し付けないこと。私達と支援先の企業は事業や歴史、組織文化が違うので、お伝えするのはあくまで取り組みのエッセンスにとどめ、支援先企業の中で活発な議論が起きるようサポートしています。
鍵は「思考のプロセスを共有すること」
–協和キリンの課題解決のためにはどんな施策が必要だと考えたのですか?
松川協和キリンさんでは、すでにハイブリッドワーキングモデルを策定されていたので、それを従業員に浸透させるための支援が必要だと考えました。社内の呼びかけや他社への支援を行うなかでよく感じるのですが、残念ながらハイブリッドワーキングモデルのような宣言は、一般の従業員からすると「自分たちの知らないところで作られたので自分には関係ない」と受け止められることが多いのです。そこで、意思決定をした経営陣の思考プロセスを、従業員の方々に同じように体験してもらうため、事例を紹介しながら自由に議論する場を作りたいと考えました。
–そして提案したのが、オンライン講演とサイボウズのオフィスツアーなのですね。
松川はい、日本では一つの会社に長く勤める方が多いですが、そうすると組織文化に良くも悪くも染まります。そこで、まず刺激剤としてサイボウズの働き方に触れていただく機会を提供したいと思いました。
松川オンライン講演では、協和キリンの従業員有志の方々にサイボウズのミッションからハイブリッドワークの導入理由まで、洗いざらいお話をしました。特に強調したのは、個人の幸福を犠牲にするのではなく、会社における生産性との両立は可能だということです。チームの理想を実現する点がぶれなければ個人の要望も認められます。また、ハイブリッドワークの円滑な実施に欠かせないオープンなコミュニケーションの方法を、具体的な事例を交えて紹介しました。
後日開催したツアーでは、私たちのオフィス内のカフェ空間や多様なスタイルの会議室を見学していただきました。続いてワークショップを開催し、ありたいオフィスのイメージを付箋に書いて議論しました。
鈴木2022年12月に開催したオンライン講演には約200名が参加し、その後のオンデマンド配信も高い関心を集めました。ツアーは、1回が希望する従業員に向けた実地ツアーで、続く2回は希望者に加え各本部企画部長以上の従業員も加えたオンラインツアーの形式を取り、各回約20名が参加しました。講演後のアンケートでは、99%以上の従業員から好意的な回答を得ました。多くの回答にコミュニケーションの改善策や工夫の提案、行動の変革への意欲が現れており、私たち事務局の想像した以上によい結果であったと考えています。また、感想の中で「質問責任」という言葉が最も多く登場したことも印象的でした。
松川サイボウズでは議論のスローガンとして、質問責任と説明責任という言葉があり、どちらも大事だと考えています。よく「説明責任を果たしてほしい」という言葉を耳にしますが、説明を受ける側にも「質問責任」が存在します。不安や疑問があったときは居酒屋で愚痴を言うのではなく、自身の不確かさを克服し、会社で積極的に質問することを奨励しています。
八木澤ツアーは驚きと感動の連続でした。協和キリンの本社は入口と出口が複数に分かれているため、異なる部署の従業員同士が交流する機会が少ないのですが、サイボウズさんのオフィスは、さまざまな従業員が交流できる環境が整備されており「協和キリンでも見習いたい」という意見も寄せられました。
松川協和キリンの皆さんからは、一歩踏み出すヒントを得ようというエネルギーを感じました。ツアーをやると時々「自分の会社ではできない」と諦めてしまう方もいらっしゃるのですが、協和キリンさんのときはそういうことはなかったですね。
コミュニケーションを生むオフィスで未来を拓く
–その後はいかがでしょうか?何か変化はありましたか?
八木澤研究開発本部の企画部長からの提案により、本社オフィスでは部署の垣根を超えた交流会を月1回程度のペースで開催しはじめました。これは、サイボウズさんとの取り組みが良い影響を及ぼしていると感じています。
–今後の抱負をお聞かせください。
八木澤今回の一連の取り組みを通じて、「ハイブリッドワーキングモデル」のようなものを作って発表するだけでは不十分だとあらためて実感しました。従業員一人ひとりが働き方の多様性を受け入れ、実践を通じた気づきを得て、自分たちのハイブリッドワークのスタイルを築いていくことが重要です。世界中で患者さんの笑顔を増やすために必要な価値創出を続けるため、組織ごと(機能ごと・リージョンごと)に、そして、その中の一人ひとりが最適な働き方を追求していけるようにしていきたいですね。オフィス内でのコミュニケーションの活性化が横連携を一段と強化し、これからの展望につながるイノベーションやチームワークをもたらすことを期待しています。
鈴木従業員がオフィスに出社しても、在宅勤務をしても高い成果が出せる、そういった柔軟な働き方を今後も支援し続けていきたいです。現在進行中のオフィスのリノベーションにおいても、サイボウズさんのオフィスに見られるような、従業員同士の協力を促すカフェのようなスペースや、イノベーションの源泉となるコミュニケーションを創出する仕組みを導入したいと考えています。
松川講演やツアー、今日のお話を振り返ると、すでに従業員それぞれに小さな変化が起きているような気がします。サイボウズでも小さな変化を繰り返し、大きな変化につなげてきました。機会があればまた、ご一緒させてください。
–本日はありがとうございました。