社会との共有価値 【解説記事】海面上昇の危機は日本にも|世界各国の現状と対策
近年、よく耳にする「海面上昇」。東京都では、海面上昇の強大化を想定し、防潮堤のかさ上げ計画を全国で初めて取りまとめたそうだ。11月7日(令和4年)より、順次工事を進めていく予定だという。世界だけではなく、日本にも及ぶ海面上昇の危機。今回は、日本もその影響と無縁ではない海面上昇の現状と対策について解説する。
海面水位はあらゆる要因で変動する
海面水位が変動する要因として地球温暖化がクローズアップされているが、実はそれだけではない。ここでは、海面水位上昇の現状と、海面上昇がどのように引き起こされているのか、といった基本的なポイントを確認しておこう。
2100年には少なくとも0.32m上昇するといわれている
IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書(2021)のデータによると、2100年には、少なくとも0.32m上昇するといわれている。
海面水位は、1901年から2018年の間に、世界で平均して0.2m上昇した。これまでの上り幅を踏まえると、2100年頃までに平均海面水位は、1995年から2014年の平均海面水位に対して少なくとも0.32m、最悪の場合は1.01m上昇すると考えられている。
海面水位の上昇は、2100年以降も続くと推測されており、各方面で大きな影響が出ることが予想される。特に、沿岸部や海抜の低い地域に住んでいる人にとって、深刻な状況であるといえるだろう。
出典:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)と従来のIPCC報告書の政策決定者向け要約(SPM)における主な評価|経済産業省
海面水位の変動が起こる原因はさまざま
海面水位の変動には、複数の要因が関係している。代表的な要因は、次のふたつだ。
海面水位の変動の代表的な原因 | |
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地球温暖化による海水の熱膨張 |
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山岳氷河や南極・グリーンランドの氷床の融解 |
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上記に加え、北大西洋の偏西風や地盤変動も海面水位に影響を及ぼすとされている。
なお、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第1作業部会報告書によると、1971年から2018年までに発生した海面水位上昇の要因の内訳は、以下のとおりだ。
1971年から2018年までに発生した海面水位上昇の要因の内訳 | |
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海水の熱膨張によるもの | 50% |
氷河の減少によるもの | 22% |
氷床の減少によるもの | 20% |
陸水の貯水量の変化 | 8% |
上記のとおり、海水温度の上昇による熱膨張が半数を占める結果となっている。
海面上昇が環境に与える主な3つの影響
海面上昇は、人間の生活にも多大な影響を及ぼす。特に深刻なのが、「住む場所が失われる」「災害の危険性が高まる」「生態系に悪影響を及ぼす」の3つだ。
住む場所が失われる
海面上昇による深刻な影響のひとつが、住む場所が失われることだ。海面が上昇すると、海抜の低い土地は浸水し、陸地は少なくなっていく。特に島国などは、国が丸ごと水没するリスクもある。
実際に、ツバルなどでは国土が浸水し、生活に影響が出たことで移住が始まっている。ツバルは、太平洋に位置する9つの島からなる島国だ。ツバルでは、1月から3月にかけての海水面の上昇により、大規模な浸水被害が出ている。これにより、井戸水が飲めなくなる、畑に塩害が出るなど、生活に深刻な影響が発生しているのだ。
そのため、ツバルでは2002年にニュージーランドと合意を結び、毎年75名ずつ住民を移住させている。
災害の危険性が高まる
海面が上昇すると、高潮や洪水といった災害の危険性が高まる。上昇した海面のその上に発生する高波の影響がより大きくなるからだ。
前項で紹介したツバルのフィナフティ島においても、サイクロンによる高潮の被害が大きくなっている。試算したところ、高潮の高さは最大で家屋の屋根より高くなるという結果だった。
海面上昇による高潮や洪水の被害は、日本も無関係ではない。このまま海水面が上昇すれば、台風が頻繁に通過する日本の沿岸地域には、大きな被害が出るおそれがある。満潮と重なると、さらに危険性は高まるだろう。
特に、海抜の低い東京湾や伊勢湾、大阪湾などは、浸水の危険性が高い。海岸堤防により簡単に浸水しない仕組みになってはいるものの、今後も海面上昇が続けば、堤防の能力を超える高潮の発生もあり得る。今後は、海面上昇も念頭に置いた防波設備の整備が必要となるだろう。
生態系に悪影響を及ぼす
海面上昇は、生態系にもさまざまな悪影響を及ぼす。
例えば、海水面が上昇すると、サンゴ礁でできた島などは水中に沈んでしまうだろう。そこに形成されていた生態系は破壊され、国土をつくる力が失われてしまうのだ。
また、海面上昇によって砂浜や干潟が減少すると、生物多様性を損なう可能性も高い。日本を例に挙げると、海面が1m上昇することで、砂浜の9割が失われるといわれている。すると、生物の産卵や子育て、そこを餌場としている渡り鳥にも影響を与えてしまうのだ。日本にしかいない固有種も多いため、その影響は大きいものとなるだろう。
生物だけでなく、植生への影響も懸念される。マングローブなどは海と陸の境界付近に位置するため、海面上昇が進むと植生の分布が変わってしまう可能性が高い。
世界各国の海面上昇への対策
多方面に深刻な影響が出る危険性のある海面上昇に対して、世界各国が対策を取り始めている。ここでは、インドネシアとイタリアの取り組みを紹介する。
インドネシア:首都の移転を計画
インドネシアは、「世界一早く水没する都市」と呼ばれる首都ジャカルタの移転に向けて、動き出している。気候変動の影響が大きく、すでにスラム街で反乱が多発しているジャカルタでは、今後、洪水被害がさらに拡大する危険性が高いからだ。
首都の移動先は、インドネシアの中心部にあるカリマンタン島東部である。インドネシア政府は、2019年に首都移転計画を公表し、2022年1月には、新しい首都の名称を「ヌサンタラ」とする法案を可決した。
今後は、約25万ヘクタールにも及ぶ森林を切り拓き、2024年から首都機能を段階的に移していくということだ。
イタリア:ヴェネツィアに水門を建設
「水の都」と名高いヴェネツィアは、早くから海面上昇による影響を受けていたため、対策として水門を建設した。
ヴェネツィアは、ヴェネツィア湾の浅瀬に築いた都市で、水路が張り巡らされていることが特徴だ。それだけに以前から、大潮や気圧・風などの条件が揃うと高潮が発生し、街が浸水していた。
この現象が、海水面の上昇によって悪化しているのだ。2019年11月には、187cmもの高潮が発生し、街の大半が浸水した。
2020年に初稼働した高潮対策の巨大な水門は、通常は海底に寝かせて、高潮発生時に立ち上がらせることで、街への浸水を防ぐ仕組みとなっている。
海面上昇の根本的な解決には温暖化対策が必要
海面上昇そのものを解決するためには、その大きな要因となっているとされている温暖化への対策が欠かせない。根本的な解決のために、平均気温上昇を抑えるためのパリ協定が採択されている。
パリ協定とは、2015年にフランスのパリで合意に至った、京都議定書に代わる温室効果ガス削減に関する取り決めだ。発展途上国を含めた主要な温室効果ガス排出国すべてが対象で、自国の状況を踏まえて各国が削減目標を設定することが特徴である。日本は、2030年までに2013年比で26%の削減を目標に掲げている。
なお、パリ協定との関わりの深いSDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)の目標「気候変動に具体的な対策を」の概要や取り組みについては、「 SDGs13「気候変動に具体的な対策を」とは?現状と日本・国際社会の取り組み」を確認してみよう。
まとめ
海面上昇は、海水の熱膨張や氷河・氷床の融解など複数の原因で引き起こされ、日本を含む世界各国に影響を及ぼす。根本的な解決には、気候変動への対策である温室効果ガスの削減が必要だ。
温室効果ガス削減は、政府や企業はもちろんのこと、私たち一人ひとりの取り組みが欠かせない。これからの安心できる暮らしと地球環境を守るため、できることから始めよう。