社会との共有価値【鼎談】生物多様性と健康の密接な関係とは? 知ってほしい、キリングループの取り組み―前編―
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目次
生物多様性に今、大きな注目が集まっている。地球上には実にさまざまな生き物が、互いに依存しあい、関わり合いながら、網の目のように複雑なネットワークを形成している。これが生物多様性だ。もちろん私たち人間もその一部。生物多様性がなければ、私たちの健康はもちろん、暮らしそのものが成り立たないといっても過言ではない。
「食と健康の新たなよろこび」を広げることをグループ全体のミッションに掲げるキリングループでは、生物多様性とどのように向き合っているのか。キリンホールディングス株式会社CSV戦略部と協和キリン株式会社CSR推進部でそれぞれ環境経営に尽力する3人が一堂に会し、今、企業が生物多様性に向き合う意味、具体的な取り組みと成果、今後のビジョンを語り合った。
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画像右:協和キリン株式会社 CSR推進部 環境安全グループ マネジャー 小泉 文人(こいずみ ふみと)
画像中央:協和キリン株式会社 CSR推進部 環境安全グループ マネジャー 池田 宗弘(いけだ むねひろ)
鼎談者プロフィール
小此木 陽子(おこのぎ ようこ)
キリンホールディングス株式会社 CSV戦略部
環境技術系のコンサルティング企業、JICAケニア事務所にて気候変動関連の業務に従事後、2021年8月に入社し、現職(CSV戦略部)。10年以上自然環境や気候変動に係る業務に携わっており、CSV戦略部においても環境や生物資源関連の取組みを担当。
小泉 文人(こいずみ ふみと)
協和キリン株式会社 CSR推進部 環境安全グループ マネジャー
1994年協和発酵工業株式会社(現 協和キリン株式会社)に入社。研究員として医薬品の探索・開発業務に19年間従事した後、2013年からCSR推進部で物質適正管理や安全保障輸出管理等を担当する。
池田 宗弘(いけだ むねひろ)
協和キリン株式会社 CSR推進部 環境安全グループ マネジャー
1997年キリンビール株式会社 医薬事業本部(現 協和キリン株式会社)に入社。研究員として医薬品の探索・開発研究業務に11年間従事した後、環境・労働安全衛生に係る業務に携わっている。2015年より現部署にて主に環境・気候変動に係る全社戦略・方針、各施策策定、統括管理業務を担当。
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なぜ今、企業が生物多様性に取り組むのか
–企業として生物多様性に取り組む意義は、どのようなところにあるのでしょうか?
小此木 陽子(以下、小此木)水や農産物を使って製品をつくり、お客さまにお届けしているキリングループでは、そもそもの前提として、それができるのは豊かな生態系があってこそという認識があります。豊かな生態系を使わせていただいているという「生への畏敬」の精神が、社内で脈々と受け継がれてきています。その意味で、生物多様性を含む生態系全体を重視しているのが当グループの基本姿勢です。
池田 宗弘(以下、池田)グループ会社のなかでも、主に医薬品事業を営む協和キリンは、まさに生物多様性と深いかかわりがあると認識しています。それは古くから医薬品が、植物や微生物などの生物が生産する天然物からつくられることが多いためです。特に当社は、バイオテクノロジーに大きな強みを持ち、その技術をベースとした「バイオ医薬品」を研究開発・生産していますので、なおさらです。
小泉 文人(以下、小泉) 「バイオ医薬品」という言葉ですが、耳にする割によくわからないと感じる方もいるかもしれません。バイオ医薬品は、動物の細胞やバクテリアなどの生物によって産生される物質に由来している医薬品で、従来の医薬品では治療できない病気に対しても貢献できる可能性があります。非常に重要な役割を担うバイオ医薬品に強みを持つ弊社だからこそ、生物多様性への取り組みは欠かせないと考えています。
生物多様性は「生態系の多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性」という3つのレベルで語られますが、その中で「遺伝子の多様性」と一番深く関わりがあるのがバイオ医薬品です。
–創薬の仕組みはとても複雑に感じます。生物多様性との関連性について具体例をいただけますか。
池田例えば海洋生物の中でも原始的な生き物に海綿がありますが、ある種の海綿からは抗がん作用を持つ成分が抽出されており、これをベースに抗がん剤の開発が進められています。また、土の中には無数の微生物や菌類が生息していますが、それらが作り出す成分やそれらの機能を利用することもあります。かつて、ペニシリンが青カビからつくられたという話を聞いたことがありませんか。このように、自然界の生物がもともと持っている物質や機能を活用し、より効果的な治療薬を開発してきたのが、医薬品の産業の歴史です。
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小泉バイオ医薬品の場合、細胞と微生物の力を組み合わせ、特定の疾患に効果のある生体高分子物質をつくることになります。その際、欠かすことができないのが生物多様性です。

自然資本の情報を積極的に開示
–キリンホールディングスでは、具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
小此木最近のビッグニュースとしては、昨年12月に「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のサポートネットワークであるThe TNFD forumに参画し、今年7月に公表した「環境報告書2022
」でTNFDのガイダンスv0.1
にのっとり、LEAPアプローチ※に従って試行的に開示したことが挙げられます。これはTNFD事務局から世界でも初めての事例と言われ、おかげさまで各方面から注目いただいています。
- ※LEAPアプローチとは、「場所」に焦点を当てて、自然資本への影響や対策の優先順位を付ける方法。 具体的には次の4つの項目を順番に分析する。「自然との接点を発見(Locate)」「依存関係と影響を診断(Evaluate)」「リスクと機会を評価(Assess)」「自然関連リスクと機会に対応する準備を行い投資家に報告(Prepare)」
TNFDは、企業などが自然に関連したリスク情報開示を行い、2030年までに自然の減少を食い止め回復軌道を目指す情報開示を行うためのフレームワークの開発・提供を行う国際的な組織です。TNFDが採用しているLEAPアプローチは、自然資本との接点として「場所」に着目している点が、地球規模で影響が生じる気候変動などへのアプローチとは異なっています。
生物多様性について考える際には、生物はそれぞれ生息に適した環境があり、種によっては特定の地域や環境下でしか生息できないという特徴があることを考慮することが必要です。もしその環境が損なわれてしまうと、別の場所で代替できないことが、自然資本を守る難しさでもあります。キリンはこれまでの環境関連の活動をTNFDという新たな枠組みで整理し、複雑な話を共通の枠組みの中で再考することができました。
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–FSC®認証
についても長く取り組まれていますね。
小此木実は飲料業界全体の課題でもあるのですが、当グループでも非常に多くの紙を消費しています。例えばビールの場合、容器自体は缶でも、6缶パックの包装材は紙ですし、それをまたダンボール箱に詰めます。
そこで、包装に関しては、早くから取り組みを進めており、2020年11月には、キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンすべての紙製容器包装で、FSC認証紙使用率100%を達成しています。今後は海外事業に範囲を拡大し、グループ全体で2030年までに100%にすることを目標に、さらに取り組みを加速していきたいと考えています。
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池田協和キリンもグループの一員として積極的に対応しようと、3年前から国内製品輸送用の段ボール箱を順次FSC製品へ切り替えています。今後は製品ごとの個別パッケージへの展開や、海外販売製品にも広げたいと考えています。
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法令遵守を支える「人」への投資も欠かせない
–協和キリンでは全社的な取り組みとして、ほかにどのようなことを進めていますか。
池田当社で欠かせないのはカルタヘナ法への取り組みです。弊社では生物多様性を利用したバイオテクノロジーを駆使して、新薬の開発を進めていますが、動物や微生物の細胞を取り扱うプロセスで自然界に悪い影響を与えるようなことがあっては決してならない。それを規制している法律がカルタヘナ法です。
カルタヘナ法の遵守に加え、当社では非常に高い倫理観を持って、ソフト・ハード両側面からの様々な取り組みを実施しています。ソフト面では専門の委員会を設け関係事案を検討したり、社内研修や監査を実施したりしています。ハード面では、バイオテクノロジーを使用した生物が、研究所や工場から外界に拡散しないように、各種設備に対して二重三重の対策を講じています。
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小泉この取り組みの中で教育は、実際の運用や社員の意識向上といった面ですごく大事な役割を果たしています。おかげさまで、現在は事業が拡大傾向にあり、新たなメンバーがどんどん入ってくる状況です。そのため、研修は年に1回、決まった時期に行えばいいというわけにはいかず、キャリア採用を含め、社内の教育が行き届くよう、さまざまな配慮をしています。
前編では、企業として生物多様性に取り組む意義と、全社的な取り組みを聞いた。後編ではさまざまな事業における、具体的な活動と今後の展望を伝える。
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