ペイシェント【オリィ研究所×協和キリン】よりよく生きるためのD Xとは。分身型ロボット技術と医療の現場から

生きていれば、誰にでも訪れる死。その瞬間まで、健康な心身とともに生き方を自由に選択したい――。多くの人が抱く漠然とした希望に反して、現実はそう甘くない。

厚生労働省の発表※1によれば、健康寿命※2と平均寿命との間には、男性で8.84年、女性で12.35年の乖離が存在する。これは、誰しもが人生において日常生活に制限のある期間を経験する可能性が高いことを意味する。

健康問題の解決において、大きな期待が寄せられているのがD X(デジタルトランスフォーメーション)だ。D Xとは人々の暮らしや社会をよくするためのデジタル技術を駆使した革新的なイノベーションを指す。経済産業省が2018年に発表した「D X推進ガイドライン」でも、2025年を一つの区切りとしたデジタル変革が示されている。

テクノロジーの力は、私たちの未来をどう変えるのだろう。

今回のテーマは、「よりよく生きるためのD X」。デジタル技術を活用し、積極的に疾患の重症化予防に取り組む協和キリン株式会社の高山、そして「分身ロボットOriHime(オリヒメ)」を開発、A L Sなど身体不自由者の社会進出を支援するオリィ研究所の吉藤氏をお招きし、話を聞いた。

  1. ※1出典:厚生労働省「平成28年簡易生命表」 、「平成28年人口動態統計」、「平成22年/平成28年国民生活基礎調査」 総務省「平成28年推計人口」
  2. ※2日常生活に制限のある「不健康な期間」

出演者プロフィール

吉藤健太朗(よしふじ けんたろう)

1987年、奈良県生まれ。株式会社オリィ研究所別ウィンドウで開きます代表取締役所長・ロボットコミュニケーター。ニックネームは「オリィ」。遠隔で操作できる人型分身コミュニケーションロボット「OriHime」の開発で知られる。2021年には、難病、重度障害で外出困難な人々が「OriHime」を遠隔操作して働く実験カフェ「DAWN AVATAR ROBOT CAFÉ」別ウィンドウで開きますをオープン

高山徹(たかやま とおる)

協和キリン株式会社 経営戦略企画部DXプラス・ビジネスプランニングオフィス。1998年入社。MR、マーケティング、エリア戦略・ネットワーク支援を経て、2020年4月より現職。患者さん、ご家族が抱えるニーズをDXで解決すべく、ニーズの掘り起こしを進める。

「寝たきりの先の憧れ」をつくる。オリィ研究所

画像:吉藤健太朗(オリィ)氏

–分身型ロボット「OriHime」の開発で知られるオリィ研究所ですが、活動を始めた経緯と現在の活動内容を教えてください。

吉藤健太朗:以下オリィ「OriHime(オリヒメ)」開発の出発点となったのは、幼少時代の不登校経験です。私が小学生の時、3年半ほど学校に通えない時期がありました。ベッドから天井を見上げ続ける日々は強烈な「孤独」そのものでした。その時から「孤独の解消」は私の人生の大きなテーマになったんです。

画像:オリィ氏の開発した「OriHime」

オリィ研究所は、「寝たきりの先の憧れをつくる」という目標を掲げ、肢体不自由者の生活サポートをしています。

例えば、病状の進行によって、徐々に身体の自由がきかなくなるA L S(筋萎縮性側索硬化症)やS M A(脊髄性筋萎縮症)。これらの方々は(多くの場合)知能に問題はないにも関わらず、寝たきりになる場合が多く、社会参加が難しいのが現状。

現在、肢体不自由の方々の就学率は約6%、大学・短大・専門学校への進学率はわずか約2.3%※3にとどまっています。

  1. ※3文部科学省 特別支援教育 卒業者後進路状況

「寝たきりになった以上、人の世話になるだけ。」と、悲観する人を一人でも減らしたい。分身ロボットOriHime(オリヒメ)が目指し、実現するのは、生活や仕事の環境、入院や身体障害などによる「移動の制約」を克服した、まるで「その場にいる」ようなコミュニケーションです。

ベッドの上からでも、身体が自由だった時のように学校に通えたり、旅行を楽しめたりする、発症前の仕事を続けることができ、給料を稼ぐことができる、家族を養うことができる。自分らしく生きられる――そんな未来をより多くの人と共有したいと考えています。

医薬品の提供にとどまらない価値を。エコシステム構想

画像:協和キリン株式会社 高山徹

–協和キリンが取り組むD Xについて教えてください。

高山徹:以下、高山協和キリン株式会社は、これまで、腎臓領域、がん、免疫・アレルギー、中枢神経領域を中心に薬剤の開発、供給に努めてきました。現在は、創薬にとどまらず、患者さんを中心としたさまざまな医療ニーズへの対応をテーマに新たなデジタル領域への挑戦を始めています。

その足掛かりとしているのが、疾患の重症化予防を包括的に支援するエコシステムの構築です。

図:協和キリン株式会社が目指す医療ニーズへの包括的エコシステム構想

これは、協和キリンがこれまで培ってきた疾患領域での強みを生かし、データ、インサイトを収集し、集められた情報を基に、「疾患の重症化予防サービス」として、患者さんや医療従事者の方々にフィードバックするものです。たとえ病気になっても早期に発見・治療して重症化を防ぐことを目指しています。

–疾患を適切に管理し、重症化予防にも貢献するシステムなのですね。構想の背景を教えてください。

高山例えば、慢性腎臓病を例に挙げますと、現在、日本における透析患者は約34万人。透析治療が必要になる一番の要因は糖尿病によって引き起こされる糖尿病性腎症です。糖尿病は1型と2型に分かれますが、患者の約90%を占める2型糖尿病を引き起こす要因は、偏った生活習慣などにあると考えられます。腎移植の普及が十分進んでいない日本では、腎機能を代替する透析治療に終わりがなく、患者さんは生涯、週3回、1回の治療で平均4時間をベッドの上で過ごすことになります。

参考:1型糖尿病と2型糖尿病の違い別ウィンドウで開きます

一方、糖尿病や腎機能の悪化には、「痛い」「苦しい」といった自覚症状がほとんどありません。本当に悪くなるまで何事もなくこれまでの生活を送れてしまうことが、健康診断などで数値の悪化などを知りながらも、生活習慣を変える具体的行動に移れない大きな要因でもあるのです。

腎機能が低下しきる前に、気がつき、行動変容につながるためにはどんなサポートが必要なのか。協和キリンでは、腎臓領域でこれまで培ってきた強みを生かし、病気を「自分ごと化」できるサービスなどを開発することにより、患者さんの積極的受診行動や健康管理をサポートできればと考え、現在企画をすすめているところです。

「情報」を必要とする全ての人に

画像:吉藤健太朗(オリィ)氏、高山徹

–これまでの活動で感じた思いや課題感があれば教えてください。

高山糖尿病性腎症の患者さんや医療従事者、保健指導や受診勧奨を担っている行政担当者にインタビューを実施したところ、生活習慣を変える行動を起こさない人には、大きく2つのタイプがあることが分かりました。「治療の必要性を理解していない方」と「理解しているが現状を変えたくない方」です。

治療の必要性を理解していない:「すぐに悪くならないだろう」、「腎機能が悪化してるけど・・・」、「今後も数値が悪ければ・・・」/「治療の必要性を理解しているが現状を変えたくない:「要受診だけど、生活を変えたくない」、「自覚症状もないし・・・」、「仕事が忙しいし・・・」

後者の方では、治療の必要性を理解しているのにも関わらず、生活習慣を変えられないのは、圧倒的に疾患に対するイメージが不足していることがあると考えております。つまり糖尿病の進行によって、投薬などの治療までは理解できても、その先にある透析治療までをイメージできていないように見える方が少なくないと感じております。

病気をいかに「自分ごと」として捉えてもらうか、治療へのモチベーションを喚起し、その都度、適切な情報を提供する存在をどのように作っていくかが、今後の課題です。

画像:吉藤健太朗(オリィ)氏

オリィ情報やイメージの不足は我々の分野でも大きな課題です。ALSやSMAはただでさえ、希少疾病なので、周りに同じ病気の人がいることが少ない。それゆえ情報が圧倒的に不足しています。

人は、病気の診断を受けた時、それを当たり前には受け取れません。「夢であってほしい」という思いから、簡単に検索すれば出てくる基礎情報ですら、調べることに前向きになれなかったりするのです。

私もこれまで多くのALSやSMA患者の方にお会いしましたが、「自分の将来を想像するのがとにかく怖い」という方が多いです。病気の自分を受け入れるには、もちろん時間が必要ですが、相談窓口にたどり着けず、一人孤独を抱えてしまう現状があるのです。

正しい情報にたどり着くための道筋や、患者さん同志の横の繋がりをどう示していくか、その伝達手段は同じく課題に感じています。

画像:高山徹

高山私も患者さんのインタビューを通じて、みなさん一様に孤独を抱えていらっしゃるのだと理解しました。特に糖尿病が進行して透析が近くなった段階で、同じ経験をもつ”先輩”の声を聞きたいというニーズが非常に多い。

ネット上にも多くの情報がありますが、一体どれだけの方が欲しい情報にアクセスできているのか、疑問が残るところです。患者さんが孤独にならないために、どのようなサポートができるのかを考えています。また、正しい情報へのアクセスは、サポートを強化していきたい部分ですね。

よく生きるとは何か。孤独な選択をなくすために

–予防医療、身体不自由な方の社会参加という違った視点からD Xを推進されているお二人ですが、「よく生きるためのD X」とは

オリィA L Sの場合ですが、病状が進行すると、呼吸器をつける時がやってきます。そして一度つけた呼吸器は二度と外すことはできません。患者さんの中には、命の選択を迫られる中で、今後の人生を悲観し、呼吸器をつけない(生きない)選択をしてしまう方もいます。

そんな時、「まだ自分にもできることがある」という希望があれば、「呼吸器をつけても生きていたい」という前向きな気持ちの変化につながるのではないでしょうか。

画像:「DAWN AVATAR ROBOT CAFÉ」別ウィンドウで開きますでの接客風景

現在では、身体が不自由な方の生活をサポートするさまざまな技術があります。「OriHime」を通じて、これまで通り仕事をしてお金を稼ぎ、お子さんを養っているA L S患者さんだっている。体が自由に動かなくても、自由な選択ができる時代がそこまできているのです。患者さんの生きる希望となるような、情報、出会いを作るのは、テクノロジーの大切な役割ですね。

画像:高山徹

高山今日お話を聞いて、オリィさんと弊社の取り組みには相通じる「ニーズ」があるなと感じました。今を大切にすること、そして未来へ希望を持って生きること。医学視点の治療だけではなく、ご自身の時間を患者さんがどう生きるか、それが中心にあって、それに医療やテクノロジーが何をできるかを考え、「見える化」していくこと。ここを忘れてはいけないと改めて思いました。

画像:『「孤独」は消せる』(吉藤健太朗著 サンマーク出版 2017)

オリィ人は、辛くなると生きる気力がなくなる、それは治療に対するモチベーションにも通じます。テクノロジー技術なら、人の手ではやりきれない部分を効率化し、ほしい情報にすぐにアクセスできる、聞きたい声を聞ける、コミュニティを作れる――。一つでも多くの「孤独」がなくなる未来を一緒に作っていけたらいいですね。

–ありがとうございました。

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