ペイシェント「これはわたしの誇りです。」小児がんと闘う子どもたちがつなぐ“勇気のビーズ”

医学および医薬品の進歩により、小児がんの70〜80%は治る※1時代となった。その一方で、長期入院を経験した子どもたちは、その後うつ病や不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)別ウィンドウで開きますなどを抱えるケースも少なくない。世界有数の医療レベルを誇る日本においても、長期入院における患者の心理的サポートという面では立ち遅れていると言わざるを得ないのだ。

この問題に対し「特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ」では、入院当初から子どもたちの気持ちに寄り添い、スムーズな社会復帰をサポートするためのさまざまな緩和ケアプログラムを実施する。今回は、カラフルなビーズを使った特徴的な緩和ケアプログラム「ビーズ・オブ・カレッジ」について、シャイン・オン!キッズの下枝さんと元小児がん患者であり、本プログラムの経験者の小野さんにお話を聞いた。

  1. ※1がん情報サービス 小児がんの患者数 https://ganjoho.jp/public/life_stage/child/patients.html別ウィンドウで開きます

出演者プロフィール

下枝 三知与(しもえだ みちよ)

認定 特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズ別ウィンドウで開きますビーズ・オブ・カレッジ マネージャー。心理カウンセラー。ビーズ大使研修講師。家族の仕事の関係で米カルフォルニア州に在住していた際に、医療機関のカウンセリング土壌の豊かさに感銘を受け、日本における緩和ケアの重要性を感じる。帰国後は医療現場での患者側と医療従事者側とのコミュニケーションの改善活動に従事し、2017年よりシャイン・オン!キッズに参画。

小野 菜央(おの なお)

2002年茨城県生まれ。2004年(2歳2ヶ月)に急性リンパ性白血病を発症。一時寛解するも、2008年(6歳)に再発、2009年(7歳)に再々発が発覚し長期にわたる入院生活を経験する。再々発時に骨髄移植の治療が奏功。現在は心理学を専攻する大学4年生。

ビーズ・オブ・カレッジは勇気のビーズ

–シャイン・オン!キッズの特徴的なプログラムである「ビーズ・オブ・カレッジ」はどのようなプログラムなのでしょう。

下枝三知与さん、以下下枝「ビーズ・オブ・カレッジ」は、がん治療を受ける子どもたちの治療過程を“勇気ある挑戦”として称えるためにデザインされたビーズを使った創造的なプログラムです。カラフルなビーズたちはそれぞれ、採血や点滴、穿刺(せんし)などさまざまながん治療の過程を象徴しており、子どもたちは受けた治療に応じてビーズを受け取り、繋いでいきます。

画像:ビーズ・オブ・カレッジで用いられるビーズは現在42種類。子どもたちは受けた治療に対応したビーズを受け取る

下枝「ビーズ・オブ・カレッジ」に参加した子どもが1年間の入院で受け取るビーズは約900個にも上ります。子どもたちにとってビーズは治療の経過の記録であり、がんばった証そのもの。繋いだビーズを見つめることで、病気のことを理解し、それに立ち向かってきた自分自身を肯定できるようになるプログラムだと考えています。

–がんばってきたことを「見える化」できるプログラムなのですね。

画像:ビーズセット俯瞰

下枝このプログラムにおけるビーズは、がんばったご褒美ではなく、子どもたちが自分の力で獲得したもの。ですから、一つひとつのビーズにその時々の想いを重ねられるよう、デザインや素材、重さなどにもこだわりがあります。特にがんばった時に受け取る「がんばったねビーズ」は、医療従事者の目線ではなく、子どもたちが自ら頑張ったと思うことを申告して受け取ります。例えば、苦いお薬が飲めた、行きたくなかった院内学級に行けた、リハビリを頑張った、などです。国内の作家さんが作る1点ものもあり、綺麗なとんぼ玉や動物のビーズなども喜ばれますね。

画像:小野さんがもらったがんばったねビーズ(ご本人提供)

–「ビーズ・オブ・カレッジ」は、実際の病院内でどのように運営されているのですか。

下枝シャイン・オン!キッズでは「ビーズ・オブ・カレッジ」の実施を希望する医療機関の方に、プログラムの目的や方法、重要なポイントなどの研修を受けてもらいます。研修を受けた方は「ビーズ大使」となり、プログラムに従事していただくことになります。

各医療機関における具体的な運営体制については、それぞれの院内のルールもありますので、「ビーズ大使」の方を中心に柔軟に決定してもらうようにしています。自ら希望して「ビーズ大使」になられる方も多くいらっしゃいます。

二度の長期入院とビーズの思い出

画像:インタビュー中の小野 菜央さん

–小野さんは、幼少時に「ビーズ・オブ・カレッジ」を経験されたと聞いています。まずは、ご自身のご病歴について教えてください。

小野菜央、以下小野私の病気は、急性リンパ性白血病といいます。病気が判明したのは2004年、私がまだ2歳2ヶ月のときで1年ほど入院したそうです。その後、小学校に入学した直後の2008年に再発が発覚。7ヶ月の入院生活を送りました。治療を終え退院するも、翌2009年には再々発が判明し、この時は約9ヶ月の入院生活となりました。2009年12月に骨髄移植を受けて寛解し学校に復帰。現在は大学で心理学を専攻しています。

画像:入院していたころの小野さん

–幼少期に大変なご経験をなさったのですね。入院中はどのようなお気持ちで過ごしていたか覚えていますか?

小野初発時はとても幼かったので記憶はありませんが、物心がついてからの2回の長期入院のことは今でもよく思い出します。入院中は、午前中から夕方までは母が、夕方から私が眠りにつくまでは父が交代で病室に来てくれました。両家の祖父母が代わりに来てくれることもありました。両親は幼い私をひとりにさせまいと考えてくれていたんですよね。

もちろん、治療には痛いことや怖いこともありました。再々発が判ったときには、せっかくできた小学校の友達と離れなくてはいけない寂しさや、頑張って練習してきた運動会に出られなくなる悔しさで大泣きした覚えもあります。

けれど、家族や主治医の先生や医療従事者の方々のサポートのおかげで、長期入院中もすごく寂しい思いをした記憶はありません。院内学級に偶然にも同学年の友達がいたことも運がよかったですね。改めてたくさんの人に支えられ、とても恵まれた環境で闘病生活を送ることができていたんだなと感じます。

–今日は、実際に小野さんが当時つないだビーズを持ってきていただきましたが、このビーズを改めて見てどんな気持ちになりますか?

画像:再々発時に小野さんがつないだビーズ

小野今見てもすごく“私”を感じます!とくにこのハートのビーズなんかは、昔からかわいいものが大好きなあの頃の私が選んだものだなと。

入院生活の中で、カラフルでさまざまな形をしたアメリカンなビーズたちはまさに“非日常”の存在。チャイルドライフスペシャリスト(CLS)別ウィンドウで開きます※2の方が病室にビーズを持ってきてくれるときは、いつもすごくウキウキした気持ちでした。

とくに頑張ったときには「今日は好きなものを選ぼうか」と言ってくれて。その時々で「1番かわいい!」と思ったものを選んでいた記憶があります。

このプログラムに参加していた当時は、楽しいイベントのひとつくらいの認識でしたが、今振り返ると、制約が多い病院の中で過ごす子どもたちにとって「自分で選べる」ことは、どんなに貴重で大事な経験だったかが分かります。

  1. ※2チャイルド・ライフ・スペシャリスト(Child Life Specialist:CLS)は、医療環境にある子どもやその家族に、心理社会的支援を提供する専門職
画像:当時の冊子には小野さんのお母さんがつけていた治療の記録が残っていた。

–このビーズは今の小野さんにとってどんな存在ですか?

小野今の私にとってこのビーズは、病気とか、受けてきた治療とか、経験のすべてを肯定してくれる存在です。

「ビーズ・オブ・カレッジ」は“勇気のビーズ”と言われますが、まさにこのビーズは私の勇気の証であり誇りです。今こうして眺めているだけでも、すごくポジティブな気持ちが湧いてきますね。

より多くの子どもたちと家族の笑顔のために

画像:当時のビーズ・オブ・カレッジの冊子

–最後に下枝さんは「ビーズ・オブ・カレッジ」の今後の展望を、小野さんはご自身のこれからの目標を教えてください。

下枝現在、全国に15施設ある小児がんの拠点病院のうち、6施設で「ビーズ・オブ・カレッジ」を導入していただいています。今後は入院中の子どもたちだけでなく、在宅で治療中の子どもたちにもこのプログラムを広げていきたいと思います。

また、対象となる疾患に関しましても、小児がんだけでなく、心疾患の子どもたちの自立支援の場であったり、NICU(新生児集中治療管理室)で頑張る赤ちゃんとご家族をつなげるものとしての活用を考えています。「ビーズ・オブ・カレッジ」を通じて病気と闘う子どもたち、そしてそのご家族の笑顔がひとつでも増えることを願っています。

小野入院中にチャイルドライフスペシャリスト(CLS)の方にお世話になったことがきっかけで、人の心の動きに興味を持ち、現在は公認心理士の資格取得に向けた勉強をしています。

その先には、チャイルドライフスペシャリスト(CLS)の資格をとりたいという目標もあります。しかし、これに合格するにはアメリカでの実習と資格試験を突破しなくてはならないので、まだまだ道のりが長いですね(笑)。

私が「ビーズ・オブ・カレッジ」を通じて貰ったたくさんのものを、今度は私が病気と闘う子どもたちにお返しすることができるよう、頑張っていきたいと思います。

画像:小野菜央さん(左)と下枝三知与さん(右)

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