社会との共有価値 【解説記事】「深刻化する水不足問題」解消に向けた取り組みとは
日本で暮らしていて、水不足を身近に感じたことは少ないかもしれない。しかし、2050年には深刻な水不足に陥る人口は39億人になると予想されており、決して無視できない問題だ。
人の生活を支える農業・工業・エネルギーや環境に必要な水資源量は、年間1人当たり1,700㎥が最低基準とされ、1,000㎥を下回る場合は「水不足」の状態となる。世界の水不足はどのような状況にあるのだろうか。
今回は、水不足の現状と原因、解決に向けた取り組みについて紹介していく。
地球上で起きている水不足の現状
まずは地球上で起こっている水不足の現状を知ってほしい。この項目では、水不足の現状とそれによって引き起こされている問題を解説していく。
安全な水を使用できる人が限られている
SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)が採択された2015年から、「安全に管理された水」という定義が誕生した。具体的には、「自宅にあり、必要な時に入手でき、排泄物や化学物質によって汚染されていない、改善された水源から得られる飲み水」とされている。
なぜ、このような定義が設けられるようになったのか。それは安全な水でなければ、人々の健康を守ることはできないからだ。私たちが生きていくうえで欠かせないのが水である。口に含む水に雑菌や化学物質が大量に含まれていたら、どのような健康問題が起こるかは容易に想像できるだろう。
常に安全な水を摂取できている我々日本人にとって想像しづらいかもしれないが、地球上の淡水のうち、容易に使用できるのはわずか0.01%に過ぎないといわれている。
また、ユニセフの調査によると、安全な水を使用できない人は20億人に達するという。このうち、1億2,200万人が処理のされていない地表水を使用している。
2000年以降、安全な水へのアクセスは改善されつつある。しかし、まだまだ深刻なのが現状だ。日本においては水不足を意識することは少ないが、国や地域によって大きな格差が存在している。
世界における安全な水の利用状況については、以下の記事でも解説している。
SDGs6「安全な水とトイレをみんなに」の達成により改善されることとは
同国内でも水不足の格差が広がっている
先述したとおり、地域などで水へのアクセス状況に格差がある。国別の格差だけでなく、同じ国の中でも広がっている。
ペルーでは、300万人以上が手洗いのためのきれいな水が利用できないという。また、ペルー16都市を対象に調査したところ、1日22時間以上、水へのアクセスができたのは全体のわずか19%だった。
12時間以上に範囲を拡大しても、アクセスできたのは56%と持続性がない。このような不安定さを引き起こすのは、新型コロナウイルスなどのパンデミックの拡大、そのほか感染症などのリスク増加が起因していると考えられる。
1991年時点では、国民のわずか半分しかきれいな水にアクセスすることはできなかった。現在は70%まで向上したが、それでも依然としてきれいな水を使えない人は多い。
水不足による紛争が起きている
日本は隣国と接していないことから、「紛争」になじみはないだろう。しかし、世界各国に目を向けてみると、さまざまな要因により紛争や戦争が起こっている。
たとえばナイル川では、エジプト、スーダン、エチオピア間でダム建設と水配分について紛争が起こっている。
そのほか、水紛争の要因を簡単に紹介する。
紛争や戦争の要因
- 水資源配分(上流地域での過剰取水)
- 水質汚濁(上流での汚染物質排出など)
- 水の所有権
- 水資源開発と配分
日本の水資源に関する現状
日本に住んでいると、水不足を感じることは多くないだろう。しかし、日本は水の供給に課題があると懸念されている国のひとつである。
日本は世界的に見ると降水量が多い国だ。しかし、年間を通してみると河川の流量は変動が大きく、そこから安定して水を供給するのは難しい状況にある。そのため、ダムや堰などの水資源開発施設を建設し、水を安定して供給できる仕組みが整えられている。
それでも度々渇水が起こり、生活へ影響が出ているのが現状である。渇水が発生した場合、通常通りに水を使用しているとダムの貯水が枯渇してしまうため取水制限を行う。そのため、近隣住民は平常時のように水を使用することができない。
渇水によって水道水の断水や工業用水不足による工場の停止、農作物の成長不良や枯死などの被害も発生しており、決して無視できない状況になっている。
近年は特に渇水が頻発しているため、各地で安定的な水の供給が難しくなることが懸念されている。水不足は日本にとっても無関係ではないことを自覚しなければならない。
水不足が深刻化している原因とは
世界の水不足の現状について解説してきたが、なぜ水不足が多くの国で深刻化しているのだろうか。主な原因となっているのが、人口増加と気候変動だ。
人口増加
国際連合の「世界の人口推計(2015改訂版)」によると、2015年には約73億人いる世界人口が、2050年には約97億人にまで上昇すると予想されている。
人口が増加するということは、それだけ生活に不可欠な資源が必要になるということだ。生活に必要な水の使用量も、人口の増加によって増える。
また割合でみると、2050年の水需要は、現在の20~30%増える見込みだ。これまでも人口が増えるにつれ水不足は深刻な問題へと発展してきた。しかし今後の人口増加予測で、さらに世界の水不足が深刻なものになると予想される。
気候変動
世界の水不足に関して、人口増加以外の主な原因として挙げられるのが、気候変動だ。利用可能な水資源は、気候変動による降水量の変化により大きな影響を受けるためである。
さらに気候変動による影響は強まると予想されている。予測では、一部の地域では降水量が増加する一方、中緯度と亜熱帯の乾燥地域は降水量が減る見込みだ。
予想される気候変動により、降水量が減少する亜熱帯の乾燥地帯では、再生可能な水資源が著しく減少する。そのため地域によっては、水へのアクセスがさらに困難になると予想されている。
さらに、水の量だけでなく、気候変動は、雪氷の融解の変化などから水資源にも質にも影響を与えるとされる。
では、降水量が増える地域は、水不足の心配をしなくても良いのだろうか。降水量の増える地域では、極端な降水が今後予測されている。直接的な水不足の影響は少なくても、河川の氾濫や洪水など災害の影響に注意しなければならない。
水不足への意識を変えたSDGs目標6の策定
早い段階から、水不足が深刻な問題として認識されてきた。過去には、MDGs(ミレニアム開発目標)のゴールのひとつとして、安全な飲料水を継続的に利用できない人を減らすことが掲げられている。この、MDGsは2015年までの開発目標であり、国連により発展途上国の問題として認識されていた。
しかし、達成年限である2015年、改善傾向にあったが十分な達成には至っていない。
新たに国際的な目標として設定されたのが、SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)だ。SDGsは、MDGsの後継として採択された開発目標で、全17の目標の中の6番目に、水不足に関連する「安全な水とトイレをみんなに」という目標が置かれている。
具体的には、2030年までにすべての人が安全で手軽な飲料水を確保できるようにすること。2030年までに水の利用効率を改善し、持続可能な方法で水を利用することが掲げられている。
飲料水の確保だけでなく、今後の人口増加などの問題に備え、持続可能な方法や改善方法を目標に定めているのがSDGsの目標6の特徴だ
水不足に関する日本の支援事例
SDGsは、実際に問題を抱えている国だけが取り組む目標ではなく、途上国や先進国、すべての国と地域が取り組むべき開発目標とされている。この項目では、日本の海外支援の取り組み事例を紹介する。
カンボジアでの支援
カンボジアの首都プノンペンにあるプノンペン市水道公社の施設拡張、技術支援、経営能力の強化を支援した。
また、日本の水道事業の技術協力などのスキームを組み合わせることで、段階的に支援が行われた。その結果、2012年までに給水区域は20%から90%に拡大。 24時間蛇口から直接飲める水質が達成された。その驚きから「プノンペンの奇跡」と呼ばれている。
セネガルでの支援
セネガルの人々が安全な水を確保できるよう約30年にわたり支援を行ってきた。まず実施したことは、無償資金協力による約120カ所の給水施設の整備だ。
セネガルにある同じような施設の10%強の施設を整備し、農村部に住む多くの人々が安全な水にアクセスすることが可能になった。
あわせて技術支援が行われた。水を確保できる施設をつくるだけでなく、住民が主体となって施設を維持・管理できるように、技術的な支援や組合設立による水道料徴収のしくみも整えた。
今では水道利用の組織づくりは、セネガルで法令化されることになり、国内に普及されるようになった。
水不足に関する企業の取り組み
水不足を解決するためには、国だけではなく各企業が前向きに問題解決に向けて動かなくてはならない。日本企業は水不足に対して積極的に取り組みを行っている。その内容について紹介をする。
サントリーホールディングス株式会社
サントリーホールディングス株式会社は、「環境ビジョン2050」「環境目標2030」を策定し、水の持続可能性や気候変動対策などの具体的な目標数値を掲げた。
2021年に改定された水の目標は、以下のとおりだ。
- 全世界の自社工場における水使用を半減させる
- 全世界の自社工場で取水する量を超える水を育むための水源、生態系を保全する
- 主要な原料農作物の持続可能な水使用を実現する
- 主要な事業展開国において、水理念を広く共有する
水理念は、水問題の解決に貢献する取り組みの実施に向けて、グループ全体で共有するために策定された。企業活動において、美しく清らかな水を生態系とともに守り、大切に使い、良質の水を自然に還すことも重大な責任とする考え方だ。
そのほか、サントリーグループは行政・森林所有者・地域住民などと連携した森林整備、環境省・文部科学省後援の次世代環境教育「水育(水育)」実施など、多様なステークホルダーと連携した活動もおこなっている。
まとめ
簡単に安全な水にアクセスできる日本国内では意識されることは少ないが、世界では深刻な水不足が問題となっている。
水不足の原因とされているのが、人口増加や気候変動だ。今や、全世界の解決すべき問題として認識され、SDGsの目標のひとつとして、世界中で取り組みが行われるようになった。
日本では、2014年に制定された水循環基本法において8月1が「水の日」として定められている。8月1日〜7日は、「水の週間」であり、水を大切にするという意識を持つための期間とされている。
日本でも水不足による問題は起こっている。安定して水が使える現状を当たり前と思うのではなく、水の大切さについて今一度考えることが必要である。