People & Culture 【解説記事】子育て女性のキャリア問題「マミートラック」とは?

近年、日本でも働く女性が増えている一方、子育てによってキャリア形成が妨げられる「マミートラック」が注目されている。

マミートラックを詳しく知らない人や初めて聞いたという人も多いかもしれないが、SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)の目標5「ジェンダー平等を実現しよう」にも関係する重要な課題だ。

今回は、マミートラックの問題を詳しく解説しよう。

子育て女性のキャリアを妨げる「マミートラック」

マミートラックとは、出産後に職場へ復帰した際、本人の意思とは関係なくキャリアアップが困難になる状態を意味する。子育てと仕事の両立を目指そうとする女性のキャリアを妨げる問題だ。

マミーは母親、トラックは陸上競技の周回コースを指し、同じ場所(キャリア)から抜け出せないことを意味している。

マミートラックは本来、女性が子育てに注力できるよう、業務内容や勤務時間に配慮した働き方を意味していたが、現在はネガティブな言葉として使用されるようになった。

現在、女性の社会進出が推進されていることから、キャリアを積み重ねることに意欲的な女性も増えている。

その一方で、出産後に復職した場合、仕事自体は継続できたとしても、責任のある業務から退くことになったり、昇進のチャンスがなくなったりと、努力が報われない結果となるケースが多い。マミートラックに陥り、これまでのやりがいを失ったために、「仕事は収入を得るため」と割り切らざるを得ない女性も増えている。

とはいえ、出産や育児が女性の働き方に影響を与えやすいのも事実である。ここで、女性が復職後に働く場合の平均業務時間を見てみよう。

総務省によると、2016年の共働き世帯の女性の生活時間の割合は、仕事関連が4時間44分、育児を含めた家事が4時間54分という結果だ。

反対に男性は、仕事が8時間31分、家事に関連する時間はわずか46分と、女性との時間差は圧倒的となった。

出産を経て職場復帰する女性は増えつつあるが、家事や育児の負担は大きく、出産前と同じような働き方は難しい現状にある。

出典:「平成28年社会生活基本調査pdfが開きます」(総務省統計局)

マミートラックが生じる原因はなにか?

なぜマミートラックが生じているのか、その原因について紹介しよう。

制度や概念によるマイナスな影響

日本の特徴的な雇用慣行が、終身雇用や年功序列である。高度経済成長期における人材の囲い込みを目的とした雇用モデルで、時代が変化した現在でも強く残っている。

「正社員として長年勤めることが評価されるべき」という考え方は、ライフステージが働き方に影響しやすい女性にとって、キャリア形成を阻害する要因となっているだろう。

また、長時間働く従業員を人事的に高く評価する制度や風潮も、マミートラックを助長している。子育てとの両立を目指す場合、どうしても業務時間が限られるケースが多い。

一方、共働きであっても、男性のほうが圧倒的に長く働いていることが、先のデータからも分かっている。

求められる能力やスキルが不明確な人事評価だと、労働時間の長さが評価基準になる傾向にある。そのため、労働時間が仕事の成果や業績への貢献に関係する場合、男性社員の方が昇給や昇格のチャンスが得やすいだろう。

ほかにも、アイコンシャス・バイアスがビジネスシーンにも見られている。アイコンシャス・バイアスとは、無意識の偏見や思い込み、先入観という意味。職場以外の日常生活にもあふれており、誰にでもアイコンシャス・バイアスは存在する。そのため一概に否定はできないが、弊害になることもある。

例えば、子育て中の女性を配慮するためと、女性の意思を確認せずに時短勤務や部署の異動を行うこともあるだろう。「子育ては大変だから仕事は減らした方が良い」という考えが無意識的に弊害を生み出すことになる。

性別役割・分担の考え方

「男性は仕事、女性は家庭」といった性別による役割規範の意識が日本社会に強く残っていることも問題である。

男女が考える「男性の望ましい生き方」についてのアンケート調査では、「家事・育児・介護もするが、あくまでも仕事を優先する」の支持割合が58.5%と最も高い。

「仕事に専念する」と答えた割合も含めると、全体の67.9%が男性は仕事を優先して生きることを支持しているといえる。対して、家事や育児、介護を優先する生き方を支持する割合は4.0%だ。

女性の場合は、家事や育児、介護を優先する生き方を支持する割合が全体の54.3%となっている。仕事を優先して生きることを支持したのは全体の7.3%となり、このようなデータからも、無意識的に役割規範の意識がある状態といえる。

しかし、女性の社会進出に対しては、ほとんどの人が抵抗感をもっていない。女性が社長になること、管理職に就くことなどに関して、約9割の人が「抵抗感がない」と答えている。

世間的に女性の社会参加は推奨されているものの、役割分担としての考え方も根強く、マミートラックも生じやすいというアンバランスな現状といえるだろう。

出典:「第7回勤労生活に関する調査pdfが開きます」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)

仕事と子育てを両立するための企業の取り組み

子育てする女性がキャリアを積むためには、男性の労働環境も改善する必要がある。なぜならば、配偶者が長時間労働をしていると育児ができない状態になりやすい。それでは女性が育児と仕事の両立が難しくなり、マミートラックに乗らざるを得ないだろう。企業はマミートラックを改善するためには女性だけでなく男性にも配慮した取り組みも求められる。

そこで、現在企業はどのような取り組みを行っているのだろうか。この項目では企業の取り組み事例を紹介する。

味の素株式会社

味の素株式会社では、短時間勤務とフレックスタイム制度を併用できるようにして、労働時間を自身で調整しながら子育てとの両立が目指せる環境を整えている。

短時間勤務では1日の労働時間を最大2時間30分短縮でき、状況に応じて30分単位の調整を可能とした。

フレックスタイムも活用することで状況に応じた柔軟な働き方を可能とし、自身のキャリア形成を保ちつつ家事や育児にも専念できる。

2004年4月からは、子どもの体調不良などで休みを取りやすい環境にするため、「子供看護休暇制度」が導入された。

中学校入学前の子ども一人につき年間10日の無給休暇が支給され、有給休暇のストックが少ない場合や共働きの家庭でも仕事との両立が目指しやすい制度となっている。

半日単位での休暇取得もできるため、子どもの状態に合わせた対応もしやすい。

東京急行電鉄株式会社

東京急行電鉄株式会社では「個性を尊重し、人を活かす」という経営理念のもと、妊娠や出産を経験した女性社員の意見を積極的に取り入れて、より働きやすい環境整備を行っている。

得られた情報から子育て支援の重要性を認識し、出産休暇や病児保育支援、学童保育費用の補助など育児をサポートする制度を導入した。

さらに、育児休暇中でも社内イントラネットにアクセスできるようPCを貸与し、復職前には人事部と面談する制度を導入して、個々人に合わせた働き方が実現できるようなさまざまな施策を実施している。

すべての社員に対して、ライフステージの変化に対応した働き方ができる取り組みを行った結果、直近3年間に入社した総合職の離職率は男女ともに0%となった。

株式会社ノバレーゼ

株式会社ノバレーゼでは、「復職後も第一線で活躍したい」という社員の希望を叶えるために、従来の配置転換などの対策では難しかった、新たな取り組みを開始することとなった。

まずは社員のニーズを抽出して職種ごとの課題を検討し、子どもの運動会や冠婚葬祭など、休みを取りやすい仕組みの導入を行った。

従来子どもが3歳までの間に限定して許可していた短時間勤務体制は、社員の意見を参考に小学校卒業までに延長し、柔軟な働き方ができるように対応している。

育児に支障がないよう、異動を命じる際も転居せずに通勤できる範囲に限定する制度を設けた。キャリア形成を阻害しないよう、管理職クラスにおいても適用範囲としている。

これらの取り組みの結果、離職者が減少し、産休や育休からの復職者がほぼ100%になった。

マミートラックの問題は企業努力だけでは解消できない

紹介してきたように、現在企業ではマミートラックを改善するような取り組みが進められている。

しかし、社会全体で性別の違いによる役割分担意識を改めなければ、本当の意味での改善は難しいだろう。

雇用慣行や評価制度を積極的に見直し、無意識下の偏見であるアイコンシャス・バイアスの解消も目指すことが大切だ。

このようなジェンダーに関する課題は、SDGsの目標5「ジェンダー平等を実現しよう」でも触れられている。

まとめ

マミートラックは、本来は子育てと仕事の両立を目指す女性に配慮した言葉であったが、現在はキャリア形成の妨げという意味合いが強い。

日本は長時間労働できる社員が高く評価される傾向にあり、性別役割や分担の考え方が根強いことから、女性のキャリア形成が不利な現状がある。

性別やライフステージの変化に関わらず、全ての人が理想のキャリアを歩めるよう、今一度雇用慣行や評価制度を見直すことが必要だ。また、本当のジェンダー平等を実現するためにも、私たちの意識を変えていくことも重要だ。

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