社会との共有価値「スポーツを通じ、皆に笑顔を届けたい」 卓球を通じた共生社会実現に向けて
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40年以上の歴史を持つ協和キリン男子卓球部は、試合に挑み続ける一方で、特別支援学校や老人ホームで卓球を教える活動を続けている。また、部員にパラ卓球選手を迎え入れ、健常者と障害者が一つのチームとなり、互いに高め合いながら、一丸となって活動している。「卓球」を通じ、共生社会を体現している佐藤 真二監督と松平 賢二選手に、話を聞いた。
卓球を通じ、人を育て
広く社会に貢献していく
1974年の創部以来、「仕事と卓球の両立」をモットーに活動を続けている協和キリン男子卓球部。現在まで累計50名の選手が所属し、卓球部を引退後もオリンピックの監督になるなど卓球界で活躍している。一方で、協和キリンで働き続け経営職になった人もいる。
“私たちが大切にしているのは、卓球を通じた人材育成です。私たちは卓球人である前に1人の人間です。選手たちには、困っている人に自然と手を差し伸べられるような人間になってほしいと思っています。”
もう1つ大事にしている方針が、卓球を通して広く社会に貢献することだ。卓球は多くの人にとって身近なスポーツ。日本全国で100万人以上が週1回以上プレーしており、国際卓球連盟の加盟国・地域は227と、スポーツ競技連盟の中で世界最大となっている。
“卓球は、一流選手が研鑽をつむアスリートスポーツの側面と、何歳になっても続けられる生涯スポーツの側面を併せ持っているんです。そこで、社会貢献活動の一環として、全国の特別支援学校や老人ホームでの卓球教室、事業場での地域ぐるみの卓球大会などを実施しています。”
訪問先の学校、老人ホームにはほぼ100%、卓球台が置いてある。誰でも気軽に参加できるスポーツだからこそ、卓球教室は、障害の有無や年齢に関わらず多くの人に歓迎されている。
東日本大震災をきっかけにはじまった卓球教室
このような活動を続ける理由は、東日本大震災の復興支援活動での体験にあるという。
“キリン絆プロジェクトという取り組みで、2011年から3年間、選手全員で岩手県・宮城県・福島県・茨城県の被災地を訪れ、いろんな方と卓球を通じて交流しました。被災地の現状に衝撃を受けながらも、たくさんの笑顔と勇気をもらい「今後も、身近なスポーツである卓球を通じ、社会問題の解決につながっていくような活動を続けたい」と思うようになりました。そこで、全国の特別支援学校や老人ホームで卓球教室を始めたのです。”
年4回の団体戦を終えた翌日の午前中、開催地にある特別支援学校などを訪れる。そして授業の一環として2時間ほど卓球教室を開催する、というのが基本スタイルだ。参加人数は毎回60名ほど。2014年からスタートし現在まで20回開催、のべ1200人以上が参加してきた。
“試合の翌日なので、体力的にはかなり厳しいです。でも参加者がとても熱心なので、疲れを忘れるほど楽しく、逆にリフレッシュになっています。教室では最初にお手本を見せたあと、交代で参加者とラリーをします。1回ラリーをすると相手の気持ちや、やりたいことが伝わってくるので、その方の思いが実現できるようなアドバイスを心がけています。参加者はいつも本当に楽しみに待っていてくださり、喜んでいる気持ちが伝わってくるのが何より嬉しいです。”
佐藤監督は、毎回、選手たちの変化を感じるという。
“回を重ねるごとに、参加者への接し方の変化を感じ、選手の成長を実感しています。選手たちはこの体験を通じて社会貢献の意味を理解し、人間としてひとまわり大きくなっています。”
「当たり前」ではないことを
「当たり前」にしたい
現在の協和キリン男子卓球部の部員は5人。健常者の選手に交じり、リオ2016パラリンピックへの出場経験もあるパラ卓球の岩渕 幸洋選手も活動している。これは、卓球界では前例がない体制だ。
“岩渕選手には、たまたま足が不自由だという個性があるだけ。出会った時から健常者、障害者という分け方はしてきませんでした。いつも他のメンバーに交じって一緒に練習をしたり、遊びに行ったり、私に怒られたりしています。健常者の試合にも出ています。とはいえ、最初に岩渕選手が入った時は、まわりの選手にも戸惑いがあったと思います。1年ほどかけて関係性を築き、今は卓球部の大切な一員となっています。”
松平選手にも最初は「なぜ」という思いがあったという。しかし、岩渕選手の卓球への真摯な姿勢を目の当たりにし、その思いが変わっていった。
“岩渕選手は卓球を始めた年齢が比較的遅く、独学で学んできた部分が多いので、教えられることは何でも積極的に教えています。僕たちにとっても、すごく良い勉強になっていますし、岩渕選手にも「一緒にやってよかった」と思ってもらえたらいいな、と考えています。まずは全日本大会で、卓球部全員で優勝したいです。”
岩渕選手にとっても、チームでの時間はかけがえのないものとなっている。
“卓球部では、勝ちを積み上げてきた選手達の「当たり前」にふれながら、卓球の基本から試合での動き方まで多くのことを学んでいます。最初は戸惑うこともありましたが、チームの一員として練習ができることに本当に感謝しています。日本でパラ卓球の国際大会があった時はチーム全員が応援に駆けつけてくれ、個人戦なのに団体戦として戦えているようで、とても嬉しかったです。”
岩渕選手の目標は、来年の東京パラリンピックで「金メダル」以上を獲ることだ。
“金メダルだけでなく、メダルを獲ることによって、より多くの人にパラ卓球の面白さ、パラスポーツの魅力に気づいてもらうことを最終的な目標として頑張っています。違いに関係なく、全ての人がスポーツの楽しさにふれる機会が出来るよう、パラスポーツも同じスポーツとして認知される社会になれば嬉しいです。”
公正な社会の実現のためには、卓球部の取り組みは監督と選手5人の小さな動きだが、それが周囲に広がっていくことで、やがて何千人、何万人の変化につながっていく。当たり前でないことが、当たり前になる社会。卓球部は、その道しるべになる。
“卓球教室には岩渕選手も参加しているのですが、彼は特別支援学校の生徒にとってスターなんです。ただ、だからといって岩渕選手だけ特別扱いをするわけではありません。卓球のスター選手を連れてきた。そのうち1人は、たまたま足が不自由な個性を持ったパラ卓球選手。いつも、そんな風に紹介しています。”
いろんな個性が共存する卓球教室。ここに小さな共生社会の姿がある。
卓球教室を、参加者の
明日の活力につながる場に
卓球を通した社会貢献は、他の実業団や卓球協会にも広がっている。卓球部も、数年前からベトナムやブータンなど、海外でも卓球教室をスタートさせ、現地の人々に喜ばれている。
“卓球教室が目指す姿は、明日の活力につながる場。つらい時に「あの楽しかった時を思い出そう」と思ってもらえるような最高の1日にしたい、といつも考えています。”
最後に、佐藤監督に卓球部の今後の目標を聞いた。
“スポーツなので勝つことが大前提ですが、その過程も大事です。選手には、社会貢献活動を通して視野を広げてもらいたい。そして、それを卓球に活かしていってほしい。卓球教室の参加者には、我々とふれあったことで笑顔を持ち帰ってほしいです。チーム一丸となって、これからも頑張っていきます!応援よろしくお願いします。”