ペイシェント「頑張りすぎるあなたに。」30代でがん宣告と難聴。病を経験した看護師が、がん教育に込めるメッセージ
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福岡県に、難聴を抱えながら看護師として働く女性がいる。山本美裕紀さんだ。彼女は32歳の時、口腔がんと診断された。当時は、介護士として働きながら、正看護師を目指して看護学校に通う学生でもあった。手術でがんを取り除き、復学が叶った折、更なる困難が彼女を襲う。C型肝炎、そして難聴の発症だ。その後、両耳の聴力は徐々に低下、現在は人工内耳をつけて生活を送る。
山本さんが中心となり、2019年に設立したのが「NPO法人Coco音(ここっと)」だ。Coco音では、小中高校生向けにがんや難病経験者が語り部となる「生きることの授業」を展開、9年間で3万人以上の子どもたちにいのちの大切さを伝えてきた。看護師として働く山本さんが、がん教育※「生きることの授業」を続ける理由、そしてそこに込められた想いとは。
- ※健康教育の一環として、がんについての正しい理解と、がん患者や家族 などのがんと向き合う人々に対する共感的な理解を深めることを通して、自他の健康と命の大切さについて学び、共に生きる社会づくりに寄与する資質や能力の育成を図る教 育として実施。「がん対策基本法」(平成18年6月成立)のもと策定された「がん対策推進基本計画」(現在、第3期<平成30年3月閣議決定>)に基づいている。
出演者プロフィール
山本美裕紀(やまもと みゆき)
NPO法人Coco音(ここっと)代表、看護師、介護福祉士
1977年生まれ、福岡県出身。2008年、口腔がんが発覚し、手術で上あごの骨と歯の半分を切除。その後、両耳の聴力を失う。現在は、福岡県内の介護施設で看護師として勤務しながら、NPO法人Coco音代表として学生を対象にしたがん教育に精力的に取り組む。自身の病気の経験をもとにした「生きることの授業」は年代を問わず多くの人々の支持と共感を集める。
Coco音立ち上げのきっかけとなった “ある言葉”
–口腔がんと宣告された時、そして難聴が分かった時、それぞれどのようなお気持ちでしたか。
口腔がんが分かった時、まず初めに思ったのは「私、死ぬのかな」でした。明日が来ないかもしれない不安の中で、家族のこと、看護師という夢のことを思うと、すごく辛かった時期があります。けれど今振り返れば、がんの時は、宣告された時が1番(気持ちが)下で、治療が進むうちにどんどん上向きになっていくような感覚でした。
一方、難聴の時は、日を追うごとに聴こえなくなっていく現実に、自分の気持ちが追いつかなくて。出口が見えず、社会からおいていかれるような孤独感があり「この先どうすればいいんだろう…」と途方に暮れていました。
今看護師として働けているのは、周りの人の支えがあったからです。主治医は、がんと診断された1番辛い時に、「学校に早く戻りたい」という私の気持ちを汲んだ目標を作ってくれました。看護学校時代のクラスメイトは、入院中に励ましの手紙をくれたり、復学してからも自分のことはそっちのけで、筆談で授業をサポートしてくれました。そんな、みんなの思いが積み重なって、少しずつ、前を向けるようになったんだと思います。
–Coco音を立ち上げたきっかけはありますか。
Coco音を立ち上げる以前から、子どもたちの「がん教育」に携わっていたのですが、ある時に参加したがんと難病の方との交流会で、1人の難病患者さんが「明日できることは明日する」と言って。その言葉にハッとして、救われたような気持ちになったんです。
同時に感じたのは、それまでのがん経験者として伝えていた「与えられた毎日を一生懸命生きる」「1分、1秒を無駄にしない」というメッセージへの疑問でした。それは決して間違いではないけれど、価値観の押し付けになっていなかっただろうか…。過去の私がそうだったように、今まさに辛く苦しい中で懸命に生きる子どもたちにとって、私の言葉は救いになっていただろうかと――。
ちょうどその頃は、仕事と「がん教育」の両立に疲れ、(がん教育を)やめようと思っていた時期でもありました。そんな時にこの言葉と出会ったことで、これまでとは違った方向でもう一度「がん教育」と向き合いたいと思ったんです。
その想いを現在のCoco音の事務局長でもある永松さんにお話したところ、「じゃあ、自分たちでやろうよ」と仲間に声を掛けてくださって。そうしてできたのがCoco音です。今は、病気の経験を持つ語り部、医療スタッフ、サポート役として合わせて20名ほどが在籍しています。
子どもたちのまっすぐな眼差しと勇気
–Coco音の展開する「生きることの授業」にはどんな特徴がありますか?
「生きることの授業」は、がんや難病を経験した方が語り部となり、自身の体験をもとに、いのちの大切さ、生きることの素晴らしさを伝えるものです。
子どもたちの中には、難病を抱えていたり、がんや難病で家族や親しい人を亡くした子もいます。そんな子どもたちの状況を把握するためにCoco音では、事前アンケートをとり、教員の方々と相談した上で講演内容を決めています。心がけているのは、教室にいる「たった1人」に届くようなメッセージ構成にすること。たった1人に届くようにお話をすると、不思議と周りの子どもたちにもちゃんと届いているんです。
子どもたちは大人よりも素直に感情を仕草や表情に出すので、聴きたくない、面白くない時は、体を揺らしたり、つまらなそうな顔をします。だからこそ、集中して話を聴いてくれていることも分かりやすい。瞳がまっすぐでキラキラしていて、「あ、今のこの部分はこの子に伝わったんだな」というのが、ダイレクトに伝わってきます。
無邪気に見える子どもたちですが、1人で悩んでいることもたくさんあります。例えば、おうちの方をがんで亡くした悲しい気持ちを、どこにも打ち明けられず、一人で抱え込んでいる子。
家族にはこれ以上の心配をかけたくないし、友達に話してもなかなか理解してもらえない――そんな時に私たちが行くことで、「私のお母さんが死んじゃって…」「じつはこんな後悔があって…」といろいろな気持ちを話してくれます。
そんなケースに出会うたび、子どもたちにはこういった話題を話せる場所がないんだなと痛感します。授業後に、個別でお話を聞くこともあります。わたしたちが行くことで、子どもたちの心が少しでも軽くなってくれたらいいなと思っています。
–Coco音での授業の中で、印象に残っていることはありますか?
たくさんあります。ある授業では、ひとりの子が手を挙げて、過去にいじめられていたことがあると伝えてくれました。教室のみんなは、驚くこともなく、しっかりとその子の言葉に耳を澄ましていました。
その子は続けて「辛かったけれど、長く生きられない人もいる。自分は、頑張って生きたい。」と懸命に話してくれました。その言葉に、他の子たちは拍手をして、担任の先生は、「辛かったんだね。そんなことを話してくれるなんて、かっこいいね。ありがとう。」と言いました。「生きることの授業」を通じて、教室がひとつになった瞬間でした。
休んでいい、自分のペースでいい。生きることは、素敵なこと
–「生きることの授業」で1番伝えたいことはありますか?
伝えたいことというよりは、懸命に生きる子どもたちの心と一致するメッセージを届けたいと思います。いろんなお話の中で、1つでもいいので、子どもたちが“今の自分に必要なメッセージ”を受け取ってくれたらいいですね。
私も、がんと病気を経験して「明日は来ないかもしれない」という焦りと不安から、頑張りすぎていた時期があります。今でも、主治医に「ちゃんと休んでね」と注意されることも度々で。そんな時「明日できることは明日する」という言葉を思い出します。
疲れたら、休んでいい、自分のペースで歩めばいい――今日を笑って過ごせること、生きていることは、それだけで素敵なことです。伝えることで救えるいのちがある、そう信じて、これからも「生きることの授業」を続けていきます。
–ありがとうございます。最後にCoco音の今後の展望について教えてください。
子どもたちを対象としている「生きることの授業」ですが、今後は年齢層を広げて、大人向けにも実施できたらと考えています。
「生きることの授業」をはじめとする「がん教育」では、大人こそ知っておくべき知識もたくさんご紹介しています。忙しい毎日の中にあっても、この活動を通じて、ふと立ち止まって、いのちや生きることについて改めて考えてもらえたら。お互いに手を取り、支え合える社会を目指して、より多くの皆さんと1歩ずつ歩んでいけることを願っています。
NPO法人Coco音による「生きることの授業」
詳しくは、こちらまで